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2023.3.20

景色がブレイクする瞬間を求めて。校閲者・柳下恭平がすゝめるリラックスドライブ

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校正・校閲を専門とする会社、鴎来堂(おうらいどう)の代表であり、東京・神楽坂の書店「かもめブックス」の店主としても活躍している柳下恭平さん。2017年には池袋のブックカフェ、梟書茶房(ふくろうしょさぼう)をプロデュース。同店舗ではタイトルや著者など中身が見えない「ふくろとじ」の状態で本を販売するなど、出版業界のセオリーにとらわれないユニークな活動を広げている。

そんな彼のチルは、「愛車でドライブをすること」。取材当日、待ち合わせの駐車場に柳下さんは小走りでやってきた。

「バッテリー上がっちゃって。ごめんなさい、車押してもらえますか……?」

2人乗りの小さな車とはいえ、さすがに人力では難しいんじゃ……と思いきや、大人3人の力でやすやすと動かせてしまった。

そんな愛らしい柳下さんの車はスバル360。駐車場の日陰を出て春先のあたたかい光に照らされると、真っ赤なボディはより一層まぶしく見える。さっそく、柳下さんにとっての「チルな時間」を聞いてみた。

■プロフィール
柳下恭平
1976年生まれ。さまざまな職種を経験した後、世界中を放浪。帰国後は出版業界に入り、編集職から校閲者に転身。28歳で校正・校閲を専門とする会社、鴎来堂を立ち上げる。2014年末には東京・神楽坂に書店「かもめブックス」を開店。

疲れは、悪いことじゃない。

——多岐にわたって仕事をされている柳下さんですが、仕事のオンとオフってどう切り替えているんですか?

柳下:仕事と休みの境目はなくて、基本的にシームレスですね。いつどんな時でも仕事のアイデアを思いつくことってあるし、何が企画に繋がるかはわからない。今インタビューを受けているのも、企画書を作るのも、原稿を校正する時間も、キャンプで焚き火するのも、僕にとっては全部同じ時間。意識して切り替えることはないですね。

——完全にオフな時間がないと、疲れてしまいませんか?

柳下:そうですね。特に出張が続いたり、頭の中で色々なことを考え続けたりしていると、やっぱり疲れは溜まりますよ。疲れって、要は糖分、栄養、睡眠の不足なんじゃないかな。たまに電池が切れたように深く眠ってしまうこともあるんだけど、疲れって悪いことじゃないと思っていて。「超回復」ってわかりますか?

——超回復? 聞いたことがあるような、ないような……。

柳下:運動すると筋繊維は一時的に壊れちゃうんだけど、修復した後は、壊れる前よりも強い筋肉が再生されるらしいんです。このメカニズムが「超回復」。これは筋肉に限った話ではなくて、発想力やディレクション力にも同じことがいえると思うんですよね。自分の限界を迎えて、疲れを乗り越えるからこそ、成長できる。でも疲れが行き着く先って寿命なのかもしれない。長生きするためにも、リラックスする時間はきちんと取らないといけませんね。

——そんな柳下さんにとってリラックスできる時間はドライブだと伺いました。ドライブの魅力ってなんでしょう?

柳下:目的地に向かうための実用的なドライブや、赴くままに走る純粋なドライブ、いろんな種類のドライブがあるけど、僕はどんなドライブも好き。運転すること自体が好きなんです。窓から見える景色がどんどん変わっていくのが楽しい。特に“景色がブレイクする瞬間”はたまりません。

——景色がブレイクするって、どういうことですか?

柳下:たとえば六本木のドンキホーテや洋菓子と喫茶で有名なアマンドがあるあたりのちょっとごみごみした道から、交差点を増上寺の方に下っていくと、いきなりまっすぐ東京タワーが見えるんです。ごちゃついた道が嫌っていうわけではなくて、あの一気にひらける瞬間がとにかく気持ちいいですね。

この日は車が動かなかったので、柳下さん定番の散歩コースという近所の公園に同行。お気に入りの遊具がこちら。ドーナツ型の物体を端から端へ、ひたすら動かす時間も最高な“チル”なんだそう。

ウォシュレットとドライブの共通点


——たしかに、移動しているからこその運転でしか味わえない感覚ですね。どれくらいの頻度でドライブされていますか?

柳下:週に一回くらいはしていると思いますが、あえてドライブすることを習慣にはしていません。トイレでウォシュレットって使っていますか?

——えっ、急にウォシュレットの話ですか!? 使っていますが……。

柳下:普段使うことに慣れていると、ウォシュレットがないトイレに行くとストレスになりません? 僕、環境によってパフォーマンスが下がるのが嫌なんです。だから普段からウォシュレットは使いません。まあ、極端すぎるたとえですけど!

車も同じで、“運転できないこと”にストレスを感じてしまわないように、できるときに運転しよう、くらいの気持ちです。とはいえ、電車の方が行きやすい場所だったり、お酒を飲む機会があったりするとき以外は、仕事でもプライベートでも車に乗ることを積極的に選択しています。誰かを送り迎えすることもありますし、打ち合わせ場所として利用することもありますよ。

——車の中で打ち合わせを?

柳下:しますね。編集者として、作家さんの悩み相談に乗ることもあります。ドライブだと向かい合う必要がないからお互い目を合わせなくていいですし、景色を見ていれば間が持つんです。運転に脳のリソースを使っていますから、運転手が喋らないのも不自然ではない。会議室などで向かい合っていると、沈黙って気まずいじゃないですか。ドライブだと初対面の人でも、相手が人見知りの場合も、無理なく話せますね。あと、助手席に乗った人に「音楽かけてくださいよ」とお願いすることで、相手の好みを知ることもできます。何も接点がない人と話をすることはきついけど、音楽をきっかけに会話の糸口が生まれる。わざわざ時間をとって話す1時間より、「送っていきますよ」の30分で築ける関係性があります。

たまにはカーナビのないドライブも

——目的地に向かうときは、事前にコースを決めるんですか?

柳下:頭の中で大まかなコースは思い浮かべるけど、その通りに走るわけではありませんね。東京だと大体の道は頭に入っているから、下調べしなくてもどこでも行けるんです。そもそも僕の車は1964年に作られたものなので、カーナビがありません。そうそう、カーナビに頼っている人は、カーナビをかち割ったほうがいいと思いますよ。

——カーナビをかち割る!?

柳下:カーナビに頼っちゃうとその指示通りに運転してしまいがち。自分の力で運転している感覚が薄くなる気がするんです。道路には進行方向を示してくれる「青い看板」があるじゃないですか。あの看板さえあれば、自力でどこにだって行けますよ。まあ、これは全部バッテリーが上がるくらい電気系統が弱い古い車に乗ってる、僕の単なる負けおしみですけど! だってカーナビ、便利だもん!

——負けおしみ(笑)でも、言われてみたら、今までカーナビに頼りきって運転していたかもしれません……。ドライブする前と後で、何か変化はありますか?

柳下:運転で得られる「緊張感」のおかげで、頭が冴える気がします。アスリートのゾーンにちょっと近いものがあるんじゃないかな? 大舞台で「しくじれない」と思ってめちゃめちゃ集中すると、感覚が研ぎ澄まされて最高のパフォーマンスが発揮できるといわれていますよね。運転にも集中力が求められるから、“プチゾーン”に入るのかもしれない。日常とは異なる緊張感があるからこそ、ドライブでしか得られないアイデアがあります。

——チルなドライブでしか得られないアイデアってどんなものでしょう?

柳下:100個アイデアを出し切った後に出てくるアイデア、みたいなものはドライブで生まれるかな。考える作業自体は机に向き合ってやるんだけど、その後のドライブで、ふと新しい考えが頭に浮かぶことは結構ありますね。散歩しているとき、お風呂に入っているとき、料理するとき、それぞれの状況でしか生まれないアイデアがあると思うんです。
アイデアもぱっと開くんですよね。景色がブレイクする瞬間みたいに。

取材・執筆:冨田ユウリ
撮影:澤田詩園
編集:今井雄紀 三浦玲央奈

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