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2022.11.7

100万年前から続くチル。心をほぐす焚き火の魔力

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「焚き火は究極のチルだ」とどこかで耳にしたことがある。どんどん肌寒くなっていくこれからの季節に、ぜひとも焚き火をしてみたい! しかし、なにをどうしたらいいんだろう……。

そこで、初心者でも気軽に楽しめる方法をきくために、焚き火を広める活動を20年近く続けられてきたアウトドアライフアドバイザー・寒川一さんを訪ねることにした。
なぜ人々はゆらぐ炎を見てリラックスするのか、寒川さんの体験からみえてきた焚き火の不思議な魅力についても紐解いていく。

寒川一(さんがわはじめ)
1963年香川県生まれ。アウトドアライフアドバイザー。神奈川県・三浦半島を拠点に、焚き火を囲みながらコーヒーをたしなむ会「焚火カフェ」を主宰する一方、アウトドア知識や焚き火の魅力について広く伝える活動を全国各地で展開。焚き火道具ブランド「TAKIBISM」を立ち上げ、商品開発も手がけている。

人生を変えた、メキシコの夜

寒川さんのご自宅にうかがっての取材、最初に案内してくれたのは、焚き火をはじめとするアウトドア関連書籍やキャンプギアがずらりと並ぶ作業部屋だ。道具の多くには、傷や焦げた跡。きっと長い間使い続けられてきたんだろう。驚いたのは、一つひとつが綺麗に磨かれ、埃ひとつ被っていないこと。どんな小さな道具でも大切にする、寒川さんの焚き火愛を感じられた。

なぜこれほどまでに焚き火にのめり込むようになったのか——そこには寒川さんの人生を変えてしまうほど鮮烈な焚き火との出会いがあった。

「昔からアウトドアは好きだったんです。中学生のときには自転車で四国一周旅行をしたこともあって(笑)。その頃から焚き火をしていたんですけど、調理のためだったり明かりを灯すためというようにはっきりとした目的がありました。だから、意識して『焚き火しよう!』と思ったことはなかったんですよね」

転機が訪れたのは20代。新婚旅行で訪れたメキシコにて参加した、シーカヤックを漕ぎながら無人島をめぐるというツアー中のことだった。

「無人島って、娯楽が何もないんです。それでツアーに参加している人たちで『火を焚こう』という話になったんですよね。小高い丘の上に穴を掘って、周囲で拾ってきた木や、カラカラになったサボテンを投げ込んで、火を放ったんです」

そのとき目にした光景が、今でも忘れられないそうだ。

「街や家の明かりなんて何もない、文字通り真っ暗闇の中に、鮮烈なオレンジの炎が真っ直ぐ空に向かって上がったんです。その火を目で追っかけると、人生で見たことのないくらいの数の星が空に広がっていて……威圧感さえ感じました。空との距離感がわからなくなって、宇宙と地球が焚き火によって繋がっているように感じたんです。その時、火の力って凄いなと思いましたね」

その後、寒川さんは10年近く勤めていた会社を辞め、「自分の好きなことに時間を使おう」という決意のもと「焚火カフェ」を始めることにしたのだという。

五感を満たす炎のゆらめき

日が落ち、外の景色が徐々に暗くなり始めた頃、「そろそろ良い時間ですね」と立ち上がった寒川さん。次に案内してくれたのは、大きな庭だ。慣れた手つきで、薪を捌き、焚き火のために掘ったという穴に並べていく。メタルマッチを数回こすると、あっという間に火がついた。流れるような所作、手足のごとく道具を使いこなす美しい姿に、熟練の凄みを感じる。

焚き火を眺めている時間は格別だ。どこか懐かしいような気持ちになり、心を落ち着けてくれる。スマホやPCとにらめっこしている時間では決して感じることのできない充足感が全身を包み、心を温めてくれるのもまた、心地よい。

プライベートはもちろん、仕事でも20年以上にわたって焚き火をしている寒川さんは、焚き火の魅力についてどう思っているのだろうか。

「人間って目の前に炎があると、その揺らぎを絶対に見ちゃうんです。焚き火の明かりって眩しくない、落ち着く明かりですよね。そこに、暖かさや匂い、薪のはぜる音が相まって、気持ちをしずめてくれる。焚き火の良さって1つじゃなくて、五感で感じられる、立体的で複合的なものだと思うんです」

目、鼻、口、耳、皮膚。全ての感覚を研ぎ澄ませて、焚き火を感じる。そこで得られる懐かしいような不思議な感覚は人間の本能によるものであるらしい。

焚き火は100万年前から存在するチル

「一説によると、焚き火の起源ははるか太古。100万年も前にその痕跡が認められているんです。もちろんその時代は服なんてなかったはずなので、きっと『暖』を求めてのことだったのでしょう。さらに、火を得たことで肉を焼けるようになって、1日の大半を費やしていた食べ物の消化の時間が劇的に早くなるんです。時間にもエネルギーにも余裕ができ、芸術が生まれ、文化が発達し、ひいては社会が形成されていきました。つまり、人を人たらしめた背景には火の存在があったということです」

「焚き火の最大の価値って、100万年前に僕らの先祖が見たであろう火と同じものを、今、目の前で再現できることだと思います。先祖たちも火の揺らぎや暖かさによって喜びを得たり、リラックスしていたはずなので、その記憶がDNAに刻まれてるんじゃないですかね(笑)。僕が今まで一緒に焚き火をしてきた人たちは皆、火が付いた瞬間に独特な表情をするんです。笑顔でもないし、驚きでもない……。その表情を見てると、『人って火がつくと喜ぶんだなあ』って思います。きっと、そこに理屈なんてものはないんでしょう」

着火した瞬間や、徐々に炎が大きくなっていく姿。「火」を見ている時に感じる高揚感には、原始的な作用があったのだ。焚き火は、人類の本能にもっとも響くチル体験なのかもしれない……。

必要なものは、2つの道具と知識

火が起こってからも、火吹き棒を使って酸素を送り込み、ずらりと並べられた薪の中から次に入れるべき薪を瞬時に選んでくべていく。火を操る姿は、さながら魔法使いのようだ。

豊富な知識と経験を持つ寒川さんに、これから焚き火を始めたいと思う人に向けて、揃えるべきアイテムや、覚えておくべき作法について聞いてみた。

「余計なものは持っていく必要はありません。焚き火台と、メタルマッチやライターなど何か火が起こせるものさえあれば、あとは現地調達すればいい。都内からでも1時間程度電車に乗って、神奈川の逗子や葉山の海岸に行って、そこらへんにある流木を拾い集めればいいんです。乾燥度にもよりますが、流木はよく燃えますよ」

現に、自身で焚き火をする際も、その日にその場で調達した木を使っているそうだ。初心者でも、少しの知識さえあれば現地調達式の焚き火を楽しめるという。

「木の樹種と必要な量を知っておくことが重要です。最初の火付けはスギやヒノキをはじめとする針葉樹を使って、ある程度炎に勢いが出てきたら、なるべく細いものから、ナラやケヤキなどの広葉樹をくべていく。1時間程度であれば太いものを使う必要はありませんが、その加減も経験を積んで来れば分かるようになってきます」

「初心者の方は、次から次へと薪をくべ、燃やし残った薪に水をかけてしまう……といったことがあります。でも、やるんだったら灰になるまで燃やしてほしい。残った灰は近くにある木の根っこに撒いておけばOKです。養分として吸収してくれるので。薪を灰まで燃やして養分として土中に還すことで、焚き火が自然循環のひとつに組み込まれる。そこからまた木が成長しますから」

寒川さんも、焚き火を始めた頃はいい道具を揃えることに夢中になったり、ホームセンターで買った着火剤を使用していたこともあるそう。しかし、経験を積んでいく中で試行錯誤を繰り返し、最近は「いかに道具を減らすか」というマインドにシフトチェンジしたそうだ。

理想の“火”を追い続けて

時には焚き火好きとして、時には焚火カフェのオーナーとして。これまでに数えきれないほどの炎を見てきた寒川さんだが、未だに飽きることはないという。

「焚き火をやっていると、無意識に“火”という文字を追いかけてますね。完全に無風の状態で火を焚いていると、“火”という文字に見える瞬間があるんですよ。その瞬間が僕の理想とする炎の形なんですよね。1番綺麗な火なんじゃないかと思ってます」

「春などの暖かい気候で焚き火をしていると不思議な感覚になる時があって。じっと火を見つめているうちに、だんだん自然と一体化してきて周囲の景色が溶けるように、ぼんやりしてくるんです。すると、時間の感覚さえも溶けていって『時間が延びる』ように感じてくる。ゆるんでいくというか……。時間を刻むのではなくて、本当に延びている感覚になる、あの瞬間は印象に残ってますね」

最後に、寒川さんにとって焚き火とはどういう存在なのか、また、何を求めて焚き火をしているのか尋ねてみた。

「『人間であること』を確かめられる、自分にとっての拠り所ですね。”火”に嘘は無いし、どんな時代でもそれは揺らぐことはない。ここには政治も宗教もなくて、ただ火が燃えているという事実しかありません。だから、火と対峙している瞬間は無になれるんですね」

仕事帰り、積み重なったタスクや上司の小言などで頭を悩ませる人は多いのではないだろうか。そんな夜は少し長めに電車に乗って、自然の中で火を眺めてみることをおすすめしたい。 焚き火台に薪を並べて着火さえすれば、あとは燃え盛る炎を見つめるだけ。身体があたたかさに包まれるとともに、心のもやもやもゆっくりとほどけていくでしょう。

取材・執筆:金子大清(ツドイ)
撮影:藤原慶
編集:安岡倫子(ツドイ)・今井雄紀(ツドイ)

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